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パートナーシップ条例・制度の現状と展望

(2018年6月:共同代表 池田 宏、運営委員 中村 貴寿、運営委員 鹿島 真人 )

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1. はじめに

 「LGBT」という言葉は、ニュースの中で毎日のように聞くほどにまで、ここ数年でにわかに人口に膾炙した言葉となった。レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字を集めた略称で、「性的少数者」「性的マイノリティ」と同義の概念だ。LGBTという耳馴染みがよく新時代感のある言葉の登場もあり、マイノリティ運動に留まらず、民間企業などを巻き込んだ大規模なムーブメントが生まれている。「LGBT」という言葉がメディアに頻繁に登場するようになるきっかけとなったのは、何と言っても2015年の東京都渋谷区・世田谷区による「パートナーシップ制度」の開始だろう。それ以降、次々と同様の制度を導入する自治体が現れ、今では札幌市、大阪市、福岡市などの大規模な政令指定都市までもがパートナーシップ制度導入を発表している。またそれに呼応するような形で、複数の企業の人事制度や保険などの民間サービスにも、同性パートナーの存在を想定した制度設計が広がりつつある。

 そもそも、LGBTを初めとしたセクシャリティの問題は、日常生活においてどのような困難が起こりえるのだろうか。LGBTといってもその困難は様々に異なる。レズビアン・ゲイにおける同性愛者の問題としては、例えば同性パートナーがいざというときに相続できない、病院の面会で家族として立ち会えないなどのパートナーシップ(同性婚)の法的制度の欠如による問題、また、出生時に割当てられた性と心の性(性自認)との差異から生じるトランスジェンダーの問題としては、性別変更に伴う戸籍上の扱われ方や、手術の際の保険適用範囲などが筆頭に挙げられる。また、両者に共通する問題としては、セクシャリティの如何により、不当な中傷や差別を受けないという人権的な保障の必要性も議論されている。「LGBT」の中でも問題の性質は多種多様であり、一括りにして議論するのには困難も伴う場合も多い。というのも、本来セクシャリティはLGBTの4種類ではなく、出生時に割当てられた性と性自認(心の性)と性的指向(性愛の対象)などの組み合わせで多様なパターンがあるからだ。また、必ずしも男女の性別にとらわれないあり方(Xジェンダー」と自認する人も少なくない。そのため、最近では「LGBT」という言葉ではなく「性的指向と性自認」という意味でSOGI(Sexual Orientation, Gender Identity)という言葉で議論することが、立法・行政においてはより適切と考えられるようになってきた。憶測差別やカムアウトの強制・アウティング(第三者が本人の許可無くセクシャリティを公表すること)を防ぐためにも、「LGBT」という当事者の分類・属性ではなく、切り口(SOGI)で対策・施策を検討すべきだからだ。

 本論では、LGBT(SOGI)について、これまで日本ではどのように法的な議論が進められてきたのか、その議論の流れを概観するとともに、近年興隆する自治体パートナーシップ制度の類型や問題点、今後の展望を考えてみたい。

2. 自治体でのSOGI取り組みの歴史と視点

 世界で初めて同性パートナーの法的保障が制度化されたのは、デンマークでの登録パートナーシップ法が成立した1989年である。それ以降、ヨーロッパを中心に、婚姻とは別枠のパートナーシップ法だけでなく、男女の婚姻と同等の「同性婚」の必要性や、SOGIに関する差別禁止法などが議論・導入されていった。2000年代になり、日本でようやく地方自治体レベルでSOGI視点での条例や、指針・活動計画が作成され始めたが、国政レベルでは遅々として進んでいないのが実情だ。
 小泉内閣時の2002年に、人権侵害の救済機能を有する人権擁護法案が国会提出されたが廃案になった。その後も幾度も形を変えて提出されながらも全て廃案とされ、人権立法に後ろ向きな安倍政権でこの動きは止まってしまっている。現在の法律の中で国の人権関連法としてSOGI差別に対応し得るのは、「人権教育・啓発法(2000年施行)」だけだが、その基本計画での教育啓発対象としてSOGIは、「その他」扱いである。現在SOGI分野で国法として存在するのは2004年施行の性同一性障害(GID)特例法だけであり、国の政策文書に性同一性障害以外の言葉が入ったのは、2012年見直しの自殺対策総合対策大綱に「性的マイノリティ」という言葉が入ったのが初めてで、法文には現在も無い。
 そんな中、2015年に全米での同性婚が成立したのに期を同じくして、東京都渋谷区・世田谷区が同性パートナーシップ制度の導入を打ち出し、メディアに大きく取り上げられることとなった。国の動きが遅きに失する中、グローバル経済・社会の動きを直接感じた、大都市と郊外の住民・自治体が国に変わって新たに動き出したとも言えるだろう。GID特例法により対応が始められた性別変更(広くは性自認)の課題に対比して、同性カップル(広くは性的指向)の課題については何もしないで良いのか、という問題提起である。
 SOGI差別に関する禁止根拠が国法に無いが故に、地方自治体の条例・行動計画等においてSOGIは人権または男女共同参画の一環として掲げられるようになった。渋谷区の条例は男女共同参画条例をバージョンアップして「男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」と題して、SOGI全体の課題も総合的に扱う推進条例となった。男女平等・多様性社会推進会議を設置し、相談・苦情対応を区に課し、違反の区民・事業者に勧告・公表の権限を持たせた。
 渋谷区・世田谷区が打ち出した同性パートナーシップ制度は「婚姻と同等」という文言が新聞の見出しに踊ったが、それ自体には法的拘束力はなく、実際に効力があるかどうかは付随する公正証書などの文書の有無による。そのため、当事者の一部からは、わざわざこのパートナーシップ証明書を取得する意義や効果を疑問視する声もある。しかしこれまで課題とされなかった同性カップルの具体的な困難を世に広く認知させ、国が進めてこなかったSOGI施策を自治体が一歩前へ進められたという点では、自治体のパートナーシップ制度の開始は日本のSOGI施策の歴史の中で大きな転換点と言えるだろう。
 

3. パートナーシップ制度の諸類型とその特徴(注)

 ここからは、これまで施行されたパートナーシップ制度の各自治体間の違いを見ていきたい。(上表を参照)大きくは、渋谷区が採用した条例による方式と、世田谷区にはじまる首長裁定にかかる要綱による方式に分かれる。両者は根拠法令が異なるだけでなく、行政が当事者に交付する公文書の名前も異なる。渋谷区では、原則として両名の間の相互の任意成年後見契約と共同生活合意契約の締結を前提とし、それらを公証人役場において公証することを求めている(例外として合意契約公正証書だけにまとめることも可能)。渋谷型では契約書、公正証書の作成等が要件で、異性姻より法的効果の薄いパートナーシップの方が、煩雑で高コストの手続きが必要となっており、実際に制度利用の普及を阻害する要因ともなっている。一方の世田谷区は、当事者カップルが役所に来て申請すれば受理される簡易なもので、その後パートナーシップ制度を導入した全国の自治体も主にこの世田谷区方式を採用している。また、近く制度の施行を準備している中野区では、基本的に世田谷方式を採用しつつ、公正証書ないし公証人の承認を得た書面を添えて申請すれば、その書面にかかる受領証をも交付するという二階建て方式を構想しており、渋谷方式と世田谷方式の折衷型と位置づけることができる(中野方式)。

 

<<パートナーシップ制度利用要件の違い>>

また、パートナーシップ制度を利用できるカップルの条件についても、各自治体で微妙な差異がある。


(1)同居要件などについて
世田区と福岡市では同居を要件としている。これに対して札幌市は「日常の生活において、経済的又は物理的、かつ、精神的に相互に協力し合うことを約した」ことを要件とし、同居要件は必ずしも必要とはされていない。大阪市も同様。同性カップルの場合、「通い婚」的関係の者も多く、より当事者の実情に沿っていると評価することができる。

(2)戸籍上の性別について
渋谷区、世田谷区など、六自治体は、制度利用を「戸籍上の同性カップル」に限定する。これに対して後発の札幌市、福岡市、大阪市は、少なくとも一方が性的マイノリティ(自己申告)であれば、戸籍上の性別に制限を設けない。戸籍上の性別が異性であっても利用が可能である。性自認と戸籍上の性別は必ずしも一致しているとは限らないため、あらゆる性的マイノリティの当事者に対応するためにはそうした配慮ある制度設計が必要である。


(3)養子縁組を利用していた者の扱いについて
異性の婚姻では、養親子の関係にあった両者は、離縁した後も婚姻が禁止されている(民法七三六条)。いずれの自治体も、この民法規定に準じて、パートナーシップ当事者同士が近親者でないことを要件にしており、福岡市では厳密に定義している。世田谷区や那覇市のように公序良俗に反する場合は除かれることを明記するのも、同趣旨を含むと考えられる。これに関しては以下の点に留意が必要だ。同性カップルの場合、法的に保障された関係になるためにカップル間で「養子縁組」を行ってきた当事者が数多くいる点だ。そこで福岡市では、近親者から「パートナーシップ関係に基づく養子縁組は除く」ことが註記された。やむなく縁組を利用していた同性カップルを、新たに設けられたパートナーシップ制度や婚姻から排除する実質的理由はない。後続自治体には福岡方式の踏襲が望まれる。

(注)当章は、明治大学法学部教授の鈴木賢氏が「月間自治研(2018年6月号)」に寄稿した「パートナーシップ制度の現状、そしてその先にあるもの」の一部を、著者の了承の上引用し、加筆修正した。

4. パートナーシップ制度の意義

 以上述べてきた、パートナーシップ制度の意義を、当事者コミュニティ側からと、対する行政や議員(立候補者も現役も)の目からを、比較して考えてみたい。

 

 <全国の自治体での陳情・請願等の活動の現在の状況は、こちらから>

​ <実施済み、実施予定の自治体の状況は、こちらから>

 

(1)当事者コミュニティと支援者(アライ=Ally)にとって

 同性カップルの法的認知・保障(同性婚等)は国政では未着手である中、法的効力は少ないとはいえ、自治体が制度を用意することに大きな意義がある。これまで顧みられなかった同性パートナーの存在を可視化し、病院の立ち会いや葬儀、相続等にて「存在を無視される」困難状況に対する認識を、今以上に広める契機となる。また、民間企業の人事制度やサービスに同性カップルへの対応が明記されるケースが相次いで生まれたのも、自治体のパートナーシップ制度が契機となってきた。

 この状況の中、当事者の間でも、まだ一部の自治体に留まっているパートナーシップ制度の導入を全国に広めていこうとする運動も始まっている。2018年5月頃から東京都、埼玉県、神奈川県の市区町村議会に対し、当制度の検討・導入求める請願・陳情が一斉に提出・受理された。(表2)ここで注目すべきは、この動きは、既存の当事者団体だけではなく、理解ある非当事者(アライ)なども含めた幅広い支持者が参加する、新たな波を起こしている事だ。埼玉県では、定期的に活動する当事者団体が多くなかったにもかかわらず、少数の有志が取りまとめを開始した途端、6月上旬だけで7つの市町村に請願を買って出る有志が現れたのである。これを支えているのは、国政への異議申立てと自分たちの地域社会を住みやすくしたいとする熱意の、両方であると言えるだろう。

2017年、一橋大学の学生が友人にアウティングされて自殺した痛ましい事件があったが、そのキャンパスがある国立市は今年、事件を受けて「SOGIの公表の自由は個人の権利として保障」とする条例を制定した。パートナーシップ制度への要望が旗印になる事が多いが、それだけではなく、SOGI課題の全体について理解のある地域社会が欲しいという要望が噴き出し始めたのである。

 

(2)行政、議員、立候補者にとって

 当事者の中で、相互扶助・コミュニティ活動に携わるのは、これまでほんの一部であった。そこに上述したような地殻変動が始まり、これまで当事者団体にも姿を現した事がないような新たな層が、請願・陳情への行動を始めている。

 この、やむにやまれず動き出した当事者の動きは地域コミュニティ活性化の新たな切り口であり、未発掘の鉱脈とも言えるだろう。障がい者、在日コリアンを含む外国人、部落出身者等、他のマイノリティグループと共通の課題を持ち、しかも、女性をめぐる問題とされてきたセクハラ、DV、性暴力等への相談支援強化でも同一地平線上で話ができる、“新鮮味のある”論点を有する市民なのだ。同じ議論の繰り返しが多い地方議会や地方行政において、パートナーシップ制度などのSOGI施策の検討は、参加意識の高まった市民とこれまでの社会福祉や人権施策を大幅に見直し、幅広い政策論議を始める良いきっかけとなるだろう。

 ただ、当事者はあらゆる地域、社会階層、あらゆる職業層に散在し、状況は個別に大きく異なる。均一な集団と見ては危ういという視点から、注意点が二つある。

 一つは、可視化と争点化に戸惑う、あるいは好まない当事者がいるということだ。複数の調査が人口の8%程度が当事者であるとする中、声を上げたのはごく少数だ。ひっそりと働き暮らす当事者には、「寝た子を起こすな」と考えるものも多く、ネット等ではこの層からの、権利獲得活動への反論も散見される。中には伝統的(家族)価値観を重視しパートナーシップ制度に反対するものさえ存在する。

 もう一つは、パートナーシップ制度にばかり世の中の注目が集まっているが、トランスジェンダーなど「性自認」をめぐる施策等、他にも優先順位の高い課題があることだ。トランスジェンダーの中では現特例法に対する賛否も別れ、現制度での性別変更を望む・望まないの両者がおり、一部には「男女二元論に当てはまらない」と自認する人達もいる。不要な性別欄の撤廃や公共施設でのトイレ・更衣室等施設への合理的配慮等の施策など、SOGI施策全体として対応も示さなくてはならない。また、「パートナーのいない当事者へのセーフティネットこそ優先事項」という意見や、そもそも婚姻制度の模倣は不要という議論もある。

5. むすび

 東京都港区に2017年12月に請願書を提出した林隆紀氏は、2018年6月の記者会見で、「ただ普通に暮らしたい、好きな人と一緒にいたい、という普通の気持ちを、日本でも普通に守られるようになったら」と述べた。明治大学鈴木教授も同じ記者会見で述べた通り、「今回の一斉請願が多くの自治体を目覚めさせ、国を動かす行動になることを」、多くの当事者は待ち望んでいる。
ただ、この自治体におけるパートナーシップ制度が広がっても、最終的には国がSOGI施策を実行し、法律を制定していかなければ解決しない問題が依然多く残されている。例えばパートナーが外国籍の場合、どんなに長く同居するカップルでも外国籍パートナーには在留資格は降りず、離れ離れになってしまう、生活をともにすることが出来ないという問題も発生している。このような困難は、自治体レベルでは解決しようがなく、政府が本腰を入れて対策して初めて解決される問題である。近年始まった当事者・理解者のムーブメントのうねりを国側も認識し、一刻も早いSOGI施策の法的整備の実現を期待したい。


以上

 

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